『
いのちの食べかた』という映画が上映されています。
外食産業に携わる方は、ぜひ鑑賞することをおススメします。
携わらない方も、観た方がいいです。
テーブルに並ぶ食材が、どのように生産させているのか淡々と映像で流します。
この映画にはセリフもストーリーありません。出演者は食材生産に携わる作業者の方で、演技も演出もありません。
外食産業の方でも仕入や購買に携わる方以外は、食材である動植物がどのように生産・加工されているか知らないと思います。
私もさほど知りませんし、立ち聞きしたレベルのにわか知識は持っていますが、映像で見る経験はほとんどありません。
一例として、映画で紹介される牛肉が食材になるまでのフローはこうです。
子牛はシステマチックに繁殖され、出産タイミングの母牛は横腹部を大きくナイフで切り裂かれ、人が手を入れて子牛を引っ張り出します。(食用牛は自然分娩が難しい体形になっているので、このやり方がスタンダードのようです。)
極めてドライな作業で、生命誕生の瞬間に感動はありません。
牛の成長過程はオートメーション管理され、工場で部品を組立てている工程と変わりありません。
そして大きくなった牛は、運命の日を向かえます。身動きの取れないゲージの中で頭をガンで打ち抜かれるのです。
死期を察した牛が逃げ場のない環境で必死の抵抗、屠殺に関わる人から聞かされたことのあるシーンです。
牛は即死。直ぐさま次ぎの工程に流れていきます。
脚を吊るされ、巨大なナイフで腹を裂かれる。
内臓がドゥルンとこぼれ落ち、それを人が掻き出す。
前足は巨大なハサミで切断。
皮を巻取り器で剥がれる。
股間から頭まで大型ノコギリで真っ二つ。アジの開きならぬ、牛の開き状態。
これらのフローを経て、牛は食卓に並びます。
牛や豚、鶏や魚、野菜や果物は不本意でしょうが、このような工程を経て私たちに生命のリレーを託しているのです。
これは残酷でもなんでもなく、人間が自らの生命維持と効率優先のために作ったシステムです。
これを否定できるのは、自給自足で生活している人か偽善者でしょう。
食料問題は日本の深刻な問題のひとつです。
国民も外食産業の人もノホホンとしていますが、日本の食料事情は信じがたい状況になっています。
島国なのに自国で食料がまかなえていないのです。
つまり外国に食べさせてもらっている。
それなのに大量の食材を廃棄しています。
世界で最も食材廃棄しているのは日本らしいです。
これではバチが当っても仕方ない。
外食産業がこの10年で大きくシュリンクしている一因は、そんなところにあると思うのです。