プロフィール


名前:速水 桃子

出身地:神奈川県

趣味: 写真を撮ること(フイルムカメラ万歳!)

某教育大学教育学部卒(言語学専攻)。
小学校の時の卒業アルバムに、「夢はコンピュータプログラマー」と書いてあったのを最近発見し驚愕しました。
1999年から外食産業向のシステム開発に携わり、POSから本部システムまで、トータルで提案できるのが強みです(たぶん)。
仕事抜きでも、レストランという場所が大好き。


カレンダー

2009年1月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31
≪ 前月 次月 ≫

カテゴリ

日記[21]

独り言[1]




最新コメント一覧

パネトーネのクリスマス  (速水)

パネトーネのクリスマス  (福茂千 茂樹)

旅人のためのレストラン  (速水)

旅人のためのレストラン  (YOT)

旅人のためのレストラン  (速水)

旅人のためのレストラン  (福茂千 茂樹)

炊き込みご飯と水炊き  (速水)

炊き込みご飯と水炊き  (福茂千 茂樹)

オーバカナル  (速水)

オーバカナル  (T-Sakajiri)



最新トラックバック一覧



記事検索





夏の味   2008年09月04日
 夏ももう終わり、なんて思ったとたん惜しくなって、あわててかき氷なんて食べている。
 夏の飲みものと言えばカルピスか麦茶なのだけれど、食べものだったら素麺かかき氷だ、と思う。素麺には、三つ葉が入ったかき揚げがついていなければいけないし、かき氷には杏がのっているといい。

 今住んでいるところの近所にはクラシックなフルーツパーラーがあり、アンティークなショーケースを横目で見つつ軒先をくぐるように店内に入ると、お母さんがのんびりと迎えてくれる。今の時期はなんといってもかき氷なのだが、そこでは「フラッペ」という名前がついていて、赤や緑のシロップでなく果物のジュースがかかっている。ゆったりと音を立てて回るかき氷機の風情やら、トントンと果物を切るお母さんの様子やら、店内のぬるい空気をかき回す扇風機やらと相まって、昭和の正しいかき氷、という感じである。ここの「氷フルーツ」(「フルーツ氷」だったかもしれない)は、ごろごろと桃やらりんごやらメロンやらが入っていてとても美味しい。

 昔から、かき氷という食べ物が好きだ。
 ほんのり甘くて、たちまちふわりと溶けていく。水が凍ってこんな食べものになるなんて、どちらかといえば奇跡みたいだ、と思う。

かき氷(これは、銀座某所のかき氷。この宇治金時もとても美味しい)
日記   コメント(0)   トラックバック(0)
 
ホットケーキ!   2008年07月11日
 自分でつくるより、誰かにつくってもらうほうが美味しいものがある、と時々思う。たとえばオムレツとか、カツレツとか、スパゲッティナポリタンとか。つまり、ちょっとだけ日常からはみだして、でも親しげな一皿。たとえば同じ卵料理でも、卵焼きは自分でつくる。(そういえば、実家の毎日の献立の中にも、「オムレツ」は、なかったかもしれない。)
 ホットケーキも、わたしにとってはそういう食べ物だ。好きだから、家でもたまに焼くのだけれど、ときどき誰かが焼いてくれたのを食べたくなる。誰かが入れてくれたコーヒー、誰かが作ってくれる食事、誰かが絞ってくれるオレンジジュース。どれも自分でつくるものより、ほんの少しだけほんのり甘い。

 先日ふと、ホットケーキが食べたくなったので、電車に乗って食べに行った。近所で評判のホットケーキ。聞けば随分老舗らしい。
 ビルの中の小さな喫茶店は、入るなり甘い香りがしていた。注文を受けてから焼くそうなので、待つこと十数分。やっとありついたホットケーキは、ふかふかの生地がかりっと香ばしく、ナイフを入れると溶けたバターがじゅっと沁みて、小麦粉とバターの香りがふわふわと鼻先を漂い、大変美味しかった。
 ふと顔をあげると、お店の中のお客さんは皆一様ににこにことホットケーキを食べていて、ホットケーキってこんなに幸せな食べ物だったんだな、と、ぼんやり思った。

ホットケーキ

独り言   コメント(2)   トラックバック(0)
 
森のイスキア、その後   2008年01月16日
 知り合いのライターさんが書いた「森のイスキア」の記事が発表されたのでご本人の了承を得て紹介しておきます。

 http://www.boj.or.jp/type/pub/data/nichigin12-4.pdf

 おむすび、食べたい…。
日記   コメント(0)   トラックバック(0)
 
七草、なずな   2008年01月07日
 あけましておめでとうございます。
 本年もどうぞよろしくお願いいたします。

 さて、1月7日、七草ですね!

 *

 なずなの葉を少し削いでひっぱり、そっと茎を振ると、葉が茎に触れてぽろぽろと可愛らしい音がする。
 田舎で育ったので、小さいころの学校の帰り道には、そんな遊びばかりしていた。なずな、は、元々「なでな」だという。撫でたいくらいの可愛い菜、という意味だとか。確かに、白い小さな花を清楚に咲かせる、愛らしい草だ。

 ななくさ、なずな、唐土の鳥と日本の鳥と、渡らぬ先に、ななくさなずな……

 朝、いつもより少し早起きして七草をとんとんとたたき、くつくつ粥を炊く。我が家の釜は、KAMADOなる鋳物の釜で、ガスの直火で炊くから目は離せないが、なかなか美味しくご飯が炊ける。炊き立てをそっとすくってお茶碗に盛ると、ほかほかと湯気が立ち、春の香りがやさしく胃に落ちていく。
 
 古今集で光孝天皇が摘む「若菜」がこの春の七草。そういえば七草粥の色合いは、雪の野の若菜のようで、寒い冬の日にはちょっと似合う。
日記   コメント(2)   トラックバック(0)
 
ミシュラン!   2007年11月20日
 ミシュランガイド東京の格付けが発表されたというので,いそいそと星つきレストランのリストをふむふむと眺める。三ツ星にあのカンテサンスが入っている。行ったことのあるレストランもそうでないところもあるけれど、名前を眺めているだけでわくわくと楽しい。ミシュランの三ツ星は、「そのレストランに行くためだけに旅をしても惜しくない」しるしなのだ、と昔、聞かされたことがある。東京にそんなレストランがあると思うだけで、この街に住んでいることが少し嬉しい。
 
 ひとつ星のレストランの中に、大好きなレストランが二軒入っていた。どちらも小ぢんまりしたイタリア料理のレストランで、「日本人にしかつくれない最高のイタリアン」のお店だ、と勝手に思っていた。いい素材をきっちりと美味しく作り、清潔な店内で気持ちのいいサービスをする、居心地のいいお店。やっぱり、と頬が緩むのと同時に、とっておきの秘密を皆に知られてしまったようで、ほんの少しだけ、ちぇ、と思う。大切なものを、そっと独り占めしていたかったような、そんな気持ち。
 それでも、もちろん独り占めするわけにはいかないので、素直にひとりパチパチと拍手をして、今度いつ行こうかな、なんて早速思っている。現金なものでそう思ったら楽しくて、シェフは元気かな、あのカッペリーニが食べたいな、イベリコ豚かそれとも鴨か、白トリュフのあの香り!などとすっかりお腹がすいた。

 いいレストランはそれだけで、ぱっと気持ちが明るくなる。そうかそれこそ星なのだな、と思いながら寝たら、なんと、金色の雲丹の夢を見た。
日記   コメント(2)   トラックバック(0)
 
森のイスキアとおむすびのこと   2007年10月29日
 大変久しぶりの投稿になってしまい申しわけありません。(もう忘れられてたりして……)
 初心に帰って、今日は、「おむすび」の話です。

 *

 知り合いのライターさんが「森のイスキア」に取材に行ってきたのだという。その日の献立の美味しそうなこと!うっとりとしながら、どんな食卓だったんだろう、と思った。
 「森のイスキア」の佐藤初女さんのことは、映画「地球交響曲第二番」で、ジャック・マイヨールや14世ダライ・ラマ法王と共に紹介されたからご存知の方も多いかもしれない。佐藤さんは、青森県岩木山の麓に「自然の中に憩いと安らぎの場を」と「森のイスキア」を主宰している。森のイスキアで佐藤さんがすることは、それほど多くないように見える。やってきた人たちに料理をつくり、それを一緒に食べる。もしその人が何かを語りたいのなら、その人の言葉に耳を傾ける。それだけだ。それでも、数え切れないほどの悩む人、苦しむ人が森のイスキアを訪れ、佐藤さんの料理を食べ、自分を取り戻して帰っていくのだという。
 初女さんがおむすびを握る姿は、なにか神々しいような感じさえする。いや、本当にただ、普通に米を炊き、握っているだけなのだが、目が離せない。そして、出来上がった何の変哲もないおむすびが人の心を救うのは、それが、ただひたすらに、心を配ってつくられたものだからなのだろうと思う。 

 ……と、それならば。普段わたしたちがつくる一皿でさえ、誰かを救えるかもしれない、ということだ。いや、誰かを救うなんておこがましいが、心を配ってつくった料理は、身近な誰かの心を少し和ませる、……かもしれない。
 どうですか、次の休日におむすび。握って食べてみませんか。
日記   コメント(2)   トラックバック(0)
 
蛤の雛人形   2007年03月02日
 会社の自分のデスクの中に、小さな雛人形が入っている。この時期になると、たまに取り出して眺めてみる。貝合わせの貝のように、蛤の内側に、小さなお雛様が二人で並んでいるのだ。後ろには、桃の花が描かれている。この雛人形を見るたび、あるお店のことを思い出す。

 六本木の、防衛庁跡地のあたりだった。大きな提灯がともされている、品のいい入り口。引き戸をがらりと開けて中に入ると、景気のいい声がする。炉辺焼きのお店で、真ん中に大きな焼き場があり、豆絞りをキリッと巻いた焼き方さんがその前に座っている。それをぐるりと取り囲むようにカウンターがあり、その前には氷が敷き詰められ、季節の魚や野菜が並べられているのだ。頼むと、目の前でそれを支度し、焼いてくれる。シンプルにただ焼くだけなのだが、素材がいいので驚くほど美味しい。今の季節なら、ハマグリや鰆、アスパラ、筍や空豆。外国人観光客にも人気のお店で、いつも繁盛していた。
 そこの店長さんは、しっかりと落ち着いた人で、芸能人も(ハリウッドのスターだって!)多いお店だったのに、いつも浮つかずキリッとしていた。いつだったか、お客さんも少なくなってきた深夜、何の拍子かレストランのサービスの話になったことがある。その店長は、妙にきっぱりと、「サービスは心です」と言ったのだった。たとえば、お客様がお茶を飲む角度で、湯呑みの中のお茶の量を知る。タイミングよくお代わりを出すために、たとえばそういうところに気を使うのが心なのだ、と。
 旬の食材がいつも目の前に並ぶのは勿論のこと、お正月には門松が、雛祭りには桃が、七夕には笹飾りが、秋にはススキや吾亦紅が玄関にさりげなく飾られていた。わたしが、この雛人形をもらったのも、たぶん今くらいの時期だったと思う。帰り際、皆で作ったんです、と、手のひらにふっと乗せられたのだった。

 最後までいつもお客さんで一杯だったそのお店は、訳あって数年前、閉店した。閉店した後、しばらくして程近い場所にお店を開けたが、あの店長さんはもう、引退されたという。
 場所が移っても相変わらずそのお店はいつも満席だし、美味しい料理と心あるサービスを続けているけれど、あの店長さんの姿が見えないと、少し寂しい。それでも、この時期になると、わたしは必ずあのお店のことを思い出す。サービスは心です、と言った、あの時の店長さんの顔も、蛤の雛人形をもらったときの、嬉しい気持ちも。

日記   コメント(0)   トラックバック(0)
 
おせち料理でお正月   2007年01月06日
 小さい頃、おせち料理の手伝いといえば、金柑をスプーンでまるくくりぬくこと、こんにゃくをくるっと結ぶこと、煮物にする人参を、花型で梅や桜に抜くことだった。一の重には金柑に詰めたいくらや黒豆、紅白かまぼこに伊達巻、田作り、二の重にはなますや昆布巻き、蓮根、三の重には煮物。昔は、元旦の朝には塗りのお盆に一人ずつ取り分けたものだけれど、今は簡単にお皿に盛り付ける。
 姉たちに子どもが生まれ、一斉に実家に帰ってきていたので、お正月は賑やかだった。おせちを作っている母親を手伝いながら、ごまめの歯軋り、とか、羹にこりてナマスを……、なんて冗談ばかり言っていた。わたしも今年はお休みをもらい、ゆっくりできた年末年始だった。
 
 年末、ある和食やさんで食事をしている時に、おせち料理の話になった。そこの板さんは、昔、赤坂の料亭で板場に立っていらした方で、そのころは毎年年末に、いくつもいくつもおせち料理を作ったという。15万円のおせち料理が飛ぶように売れた時代で、そんなおせちなら仕入れも大変で、たとえば栗きんとんだけで何十万、でも照りも味も他とはまったく違う、というものを買うのだという。もちろん仕入れるだけではなく、それを調理しなければいけないので、年末は普段とは別格の忙しさだったとか。

 そんなふうに、忙しく立ち働く人がいればわたしのように休む人もいて、それでもひとしなみに皆のところに新年はやってきて、また新しい一年が始まる。


 *

 というわけで、今年のわたしはおせちから始まりました。皆さまのお正月はいかがでしたでしょうか。
 どうぞ、本年もよろしくお願いいたします。健やかで、美味しい年になりますように!
日記   コメント(0)   トラックバック(0)
 
クルック   2006年12月18日
 ところで、「かもめ食堂」の舞台はフィンランドだが、フィンランド語で「きゅうり」という名前のカフェが東京にある。クルックカフェ。
 原宿の駅から、神宮の方に歩いたところにそのカフェはあって、わたしが行ったある日曜日には雨が降っていた。お店の中は少ししんとしていて、清潔で、ゆったりできる感じ。ちょっと懐かしい喫茶店のようでいて、いまどきのおしゃれなカフェのような、ゆるやかなお店。

 クルック、は、カフェだけではない。本屋さんや、植木屋さんや、レストランや、デザインのお店や、いろんなショップが集まって、「クルック」。「kurkkuは、快適で環境にも良い未来へシフトしていくための消費や暮らしの在り方を考えるプロジェクト。」とサイトにも書いてあるけれど、よい暮らしって何だ、環境によいものってなんだ、というところからスタートして、それぞれがカフェや本屋さんの形になった。(らしい)

 カフェで食べたランチは美味しくて、素朴で確かな味がした。たとえば、ずっしりと噛み締める玄米パンや、ほくほく、さっくり揚がったコロッケ、お豆がたくさん入ったスープ。どれも、きらきらしてはいないけれど、どこかかすかに懐かしく、確かな味。そういえば昔母が言ってたっけ。「嘘のない材料を使うと、嘘のない味になる」って。

 身体にいいものなら、と、美味しくなくても我慢して食べる、そういうことではなくて、エコなら、と、多少見た目が悪くても使う、そういうものでもなくて、身体によくて、美味しくて、環境にもやさしいのにデザインもよくて、おしゃれで、そういうことがきっちり実現されているお店、そんなお店が東京にあるだけで、少し、ここで生きていくのが楽になる(ような気がする)。


 kurkku(クルック)のサイトはこちらから(http://www.kurkku.jp/
日記   コメント(0)   トラックバック(0)
 
かもめ食堂   2006年12月12日
 「かもめ食堂」という映画がある。フィンランドにある、小さな食堂のものがたり。オーナーは、日本人女性のサチエさんで、メニューはおにぎり、鮭の網焼き、しょうが焼き、とんかつ。かといって、日本人のための食堂ではなくて、フィンランドの普通の人たちに来てもらいたい、とサチエさんは言う。
 見ているととてもお腹がすく映画で、見終わった後、食堂に駆け込んだという友人が一人、家に帰っておにぎりを握った、という友人が一人。知り合いの旅館の若旦那は、(DVDで見て)どうにもお腹がすいて我慢ができなくなり、冷蔵庫を物色して胡桃味噌を食べたという。そういうわたしも、見ている最中から、鮭のおにぎり食べたいなあ、と思っていた。
 なにより、食堂、というのがいい。普段の、毎日の食事をとるところ。人は、それまでに食べたものでできている、とどこかで誰かが言っているのを聞いたことがあるけれど、嘘がなく美味しいものを毎日食べられたら、どんなに幸せなことだろう。
 近くにこんな食堂があったら、きっと通ってしまうなあ。そんなことを思いながら、映画を見終えた後は、なにか少し幸せな気分になっていた。きちんと働くこと。ぶれないこと。しっかりと食べること。自分が信じることを続けていくこと。当たり前だけれど、そんなことが大切なのだ。



 かもめ食堂オフィシャルサイト(http://www.kamome-movie.com/
日記   コメント(2)   トラックバック(0)