HOME > 起業のすゝめ記事一覧 > 経営者に求められる「素直さ」店長が求めるべきは「街の声」
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やきとり酒蔵 「 庄助 」 や 個室Dining 「 しょう助 」 など、新宿エリアを中心にさまざまな形態の飲食店を展開する しょうすけグループ 代表・出井武泰氏。新宿という街にこだわった店舗形態やメニュー開発で、多くのファンを生み出して拡大路線を辿ってきたしょうすけグループだが、その裏には今だからこそ語れる苦難もあったという。成功をおさめた後におとずれた大リストラやどん底からの復興など、現代飲食店経営の真実をお教えいただきます。 |
5年程前までは毎月のように開店したり、リニューアルしたりしていました。いま残っている店舗数の倍は手掛けていますよ。池袋も4軒出しましたが、残っているのは1軒だけですし。当時は、売上が右肩上がり、利益は右肩下がりという状況で、自分でもヤバイとは薄々感じていました。でも、周囲はまだお金を貸してくれるし、銀行も運転資金として1億円も貸してくれる。経営者としては感覚がおかしくなってしまいますよ。貸せないと言われたら考えるでしょうが、貸してくれちゃうんだもん。でも、さすがにそういう金を使って新店を出そうとした時に、主要取引先の銀行からストップが掛かりました。新しく借りたお金で、明日契約というときに担当者と課長がやって来て、「 出井さん、大変危険な状況にあります 」 と言うんですよ。約4年前ですね。翌日に契約する予定だった物件は130坪の大きさでしたが、絶対に手を出してはいけない、その金を手元資金にリストラすべきだというんです。
一軒の店を運営する店長としてはプロになっていたのかもしれないですが、何十億円の会社の経営者としてはド素人なんですよね。何もできないから、いろいろな人の話を聞いてそれまでもやってきました。だから、お金のプロフェッショナルである銀行がヤバイと言っているんだったら、本当にヤバイ状況なんだろうと納得しました。自分で自分のいいところを挙げろといわれれば 「 素直さ 」 かもしれないですね。勉強もできない、顔もこんなもんですから、良いのは素直なところだけ(笑)。会社が拡大路線にあると勘違いしてしまうかもしれないですが、もともとデキが悪いと自分で思っていたから、素直さを忘れなかったのかもしれないですね。 銀行の人が帰った直後に不動産屋に 「 明日の契約はできなくなりました 」 と電話しました。何千万円という物件の2割の違約金を払ってでも取りやめにするといいました。結局は契約してないから違約金も発生しなかったのですが、そこからは大変な状況になりましたね。某上場会社からM&Aをされそうにもなるし。
リストラの第一弾として、まず本部を解散しました。本部には事務のほか、私以外に 10人程度の営業スタッフがいたんです。自分からやめる人もいたし、やめてくれと頼んだ人もいます。別会社の幹部に異動するということもしました。アルバイトも含めて社員は300人位いましたが、彼らはそんな状況だとは分ってないです。店は増えるし、給料も上がる、ボーナスも出る、いい会社だと思っていたのに現実を伝えなければいけなかった。何人も辞めさせたし、給料も10%、7%、5%と下げました。30万というわずかな給料しか渡せてないのに、そこから3万円もカットですからね。厳しいですよね。もちろん、痛みを一番受けなくてはいけないのは自分ですから75%カットにしましたが、 何も分ってなかったですね。2ヶ月後の給料日に明細見たら1万4700円しか入ってなかった。さすがに間違いじゃないかと聞きましたが、税金引いたりするとそうなってしまうんですね。個人でも成り立たない状況ですが、会社の金が足りないから、個人名義のクレジットカードでキャッシングしてきて補填してしまうんですよね。300万円とかね。店の売上が入ってくるので、1ヶ月分を賄えれば会社は3ヶ月持つんですよ(笑)。
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出井 武泰
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| 1967年東京都新宿区生まれ。父がオーナーを務める居酒屋を小学生の頃から手伝い、大学卒業後はヤオハン、モスフードサービスに勤務するなど一貫して接客業に親しむ。実家が所有するビルの改装に伴って、1997年に居酒屋新店の運営を任せられることになる。以降、新宿を拠点にさまざまな業態の店舗を成功させて、しょうすけグループを形成する。現在は新宿12店、池袋1店の飲食店を運営している。中学生の頃から始めた趣味のサーフィンでは、大学生の時に学生チャンピオンに輝く。プロサーファーを目指してオーストラリアで生活していた経歴も持っている。
しょうすけグループ Website >> |
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