HOME > 起業のすゝめ記事一覧 > こだわりが「強み」を生み、謙虚さが「人」を呼ぶ!
一号店の店づくりに関しては、すべてが手探りでしたね。起業のきっかけとなった経営者の教えは請うたし、大きな影響も受けていますが、そこはやはり自分で作っていきたかった。当初は、客が入らないというのが一番大きな問題で、女房にサクラをやらせて、カウンターに一人で飲ませたりもしましたよ…。ひとりふたりと客が増えていくと、いきなりママに変身するけどね(笑)。広告も打ったし、街頭でビラを配ったりと、一軒目はいろいろ力を入れてやりました。常連客が付きはじめて、軌道に乗ったのは、半年ほど経ってからですね。居酒屋として知ってもらうために、いろいろな料理を出すようにしていたら、ボチボチとよくなってきました。
実は、店の運営に関しては、一号店から店長に任せっきりなんです。僕は、今でもずっと魚屋が本職です。開店してから軌道に乗せたのは、店長を信頼してすべてを任せたのがよかったのかもしれない。若いスタッフに助けられたんです。言い換えると、僕が店を出すときに一番苦労したのが、誰に店をやらせるかという「人」の部分なんです。最初の店長は、本業の魚屋でアルバイトをしていた子で、真面目に一生懸命やってくれました。魚を納めていた居酒屋と料理屋で半年ずつ彼を修業させて、アルバイト 2 人を雇って下北沢の店をやらせたんです。あの頃は、僕が 30 才になったばかりで、店長やアルバイトは 22 ~ 23 才の頃。若い彼らが、自分の感覚で楽しめる店にしたからこそ、下北沢という街で受けたんじゃないかな。当時から学生街風で、彼らと同じような年代の学生が来てましたからね。客で来ていた若い子たちがアルバイトになったりもしましたね。そういう人のつながりは、現在でも続いてます。客からバイトになって、店の関係でビール会社に就職したのもいる。先日、 20 年ぶりに会ったら、開発部署の上の方にいましたね。
1949 年東京生まれ。築地の仲買企業に魚を卸す荷受会社に就職、家業の魚屋を継いだ後、 1983 年に刺身居酒屋「魚真」を東京・世田谷に開店。魚一筋 30 余年の経歴から、魚に絶対的な自信を持つ姉妹店を都内に 8 店舗構えている。