HOME > 起業のすゝめ記事一覧 > カリスマ親父社長の“だから飲食店はおもしろい”

大皿惣菜料理の草分けといわれる居酒屋「汁べゑ」の創業者であり、「くいものや楽」を中心とする多数のグループ店舗を手掛けている宇野氏。居酒屋経営者としての顔のほか、グループ店舗で社員を育て、独立開業まで導く「宇野道場」の“オヤジ”という一面もお持ちです。
厳しくも温かい教育方針で、宇野氏のもとを卒業したOBは300名近くを数え、日本全国はもとより海外でも繁盛店を作り上げています。
宇野氏が考える外食産業の魅力から、大規模チェーンとは異なる個性を活かした店作りのノウハウから、「宇野道場」で教える起業のための心掛けなどを語っていただきました。
第 1 回

僕は大学を4年で卒業できなかったことが外食産業に入るきっかけになった。他人と同じスタートの仕事では追いつけないだろうと思った。何十年も前のことだけど、下北沢におもしろいおでん屋があって、いつも混んでるけど平気で2~3週間も休むんだよね。オヤジに理由を聞いたら、「海外旅行に行ってた」という。1ドル360円の時代に海外旅行は大変なことなのに、“おでん屋ごとき”で年4~5回も行けてしまう。「こんなイイ仕事はないんじゃないか?」と思った(笑)。

 最初は喫茶店のようなところに入り、その後もいろいろと働いた。印象に残ったのは、新宿の料理店で働いたときに“料理の本は、貸してもいいけど絶対に借りてはいけない”と教わったことかな。一冊でいいから、指南書となる本を自分の金で買って、すり切れてボロボロになるまで読まなければ身にならないという意味。当時は金がなかったから、休み時間に紀伊国屋書店へ行って料理本を読んでたよ。目をランランと輝かせている仲間もたくさんいたね。いい料理本を社員に教えてやるんだけど、店の金で買うヤツもいる。ケチでいっているわけではなく、それでは身にならない。他人の金と自分の金は、例え10円であっても意味が大きく違うのにね。うちの店では、「レタスクラブ」や「オレンジページ」を全店共通の料理の先生にしてるけど、その数百円すら自腹を切らないようではダメだろうね。

 新宿の後もいろいろな店で働いたけど、ちょっとしたトラブルもあったりして、30歳過ぎでゼロになってしまった。35歳のときにダルマさんが起き上がるように懲りずに復活して、いまの形態の店をスタートさせた。世田谷区経堂の人通りがないところにスナックの居抜きが30万円で出ていたので、そこに10人しか座れないような店を作った。わずか5坪の店で、大工と一緒に自分で店を作った。居酒屋は、自分が売り物なんだから自分で舞台を作らないと。だけど、金がないから、壁なんかも100円の障子紙をベニヤ板に貼ったもの。貼ったはいいけど、あまりに真っ白で味がないから、醤油を水で薄めて霧吹きでシュシュッと吹いてみたら、まだらのシミができた。おもしろいもので、新しい店なのに10年もやっているような雰囲気とニオイになって、さらに舐めても味がある(笑)。これだと思ったね。

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宇野 隆史
1944年東京生まれ。現在の居酒屋文化に大きな影響を与えたコンセプト「くいものや楽」の創業経営者。現在はバンクーバーに住居を構え、日本とカナダとの二重生活を送る。昨年12月三軒茶屋に「べゑ’s BAR 虎龍」をオープン。店造り、商品とも楽しさに溢れた店舗で希代のコンセプトメーカーと言われる実力を見せつけた。

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