HOME > 特集記事一覧 > 米国産牛肉が残した影響と輸入牛肉問題の本質~ジャーナリストが探る輸入牛肉問題の本質~

 2003年12月24日、米国内でBSE感染牛が発見されたことに端を発する米国産牛肉の輸入禁止問題。解禁、そして再禁止と紆余曲折を経るなか、外食産業では業界再編にも近いほどの大きな影響がありました。改めて輸入が再開された現在も流動的な状況が続いていますが、「外食日報」編集長という立場で、この問題を目の当たりにしてきた菅則勝氏に輸入牛肉問題の根底にあるポイントを語っていただきます。
第 1 回
繰り返された禁止と再開 問題の経緯を振り返る

 2006年9月18日、吉野家が牛丼の提供を再開した。吉野家では牛丼提供を再開する18日を「牛丼復活祭」と題したキャンペーンとして展開し、約1000店舗で100万食分の牛丼を用意。午前11時から販売を開始し、台風の影響があった一部店舗を除いて午後9時すぎには100万食を完売している。吉野家の牛丼提供は2005年2月に1日限定で提供して以来のこととなる。米国産牛肉の輸入再開を待って牛丼の提供を再開している。
  私が吉野家を訪れたときにも20人ほどの行列があった。店員が「注文から提供には10分ほどかかります」と行列に呼びかける声が響く。15分ほど並んでから店内に入る。牛丼が出てくるのはそれから10分後だ。そう簡単に牛丼と再会させてくれない。
  一般的な外食でこれだけ待たせることはクレームの原因になりそうだが、並んでまで食べたいという人たちはこういうものだと心得ているようで、怒っている人もいない。並んでまで食べたいという人はなんらかの感慨を抱きながら牛丼を食べたのではないだろうか。
  私も感慨深く牛丼を食べた一人だ。もっともこの感慨深さは「懐かしい」、「この味をまっていた」というものとはちょっと趣を異にする。

 

 私はちょうど1年ほど前に当たる、2005年10月に米国の食肉加工業者のと畜加工処理プラントを視察する機会を得た。このとき、米国の3大パッカーと呼ばれるタイソン・フーズカーギルミートソリューション社スウィフト・アンド・カンパニーといった3社のと畜・加工プラントを見学している。なかでも、コロラド州グリーリィにあるスウィフト・アンド・カンパニーのグリーリィ工場は米国産牛肉輸入禁止以前、吉野家に牛肉を納入していた実績を持つ。かつての日本への輸出実績について聞くと、吉野家を例として挙げていた。輸入解禁後にはまた吉野家に牛肉を納入するようになるだろうと話していたことをよく覚えている。
  もちろん、吉野家の牛丼に使用している牛肉は特定の工場からだけでまかなえるものではない。それは承知しているが、今食べている牛丼のなかにもあのプラントで加工された牛肉があるのかもしれないと考えると、あれから1年近くが経過しており、ずいぶんと時間が経っていることに気づかされる。米国産牛肉を使用した牛丼を食べていると、ようやくここまで来たかという気持ちになった。

 米国産牛肉の輸入禁止と解禁の流れを少しおさらいしてみよう。
  米国産牛肉は2003年12月24日、米国内でBSE感染牛が発見されたことによって日本への輸入が禁止された。2005年12月12日には、内閣府の食品安全委員会が提出した国産牛肉との「リスクの差は非常に小さい」という答申を受けて輸入再開が決まっている。
  約2年ぶりの輸入再開だったが、翌2006年1月20日、特定危険部位の脊柱(せきちゅう)が混入した牛肉が成田空港で発見されて、輸入は再停止。7月27日再び輸入が再開されている。
  米国産牛肉の不在は実質的に2年半にも及ぶ。2003年12月の時点ではこれほど問題が長期化すると考えた人は誰もいなかったと断言できる。再開の見通しは、2004年1月くらいの時点で春といわれ、春がくるとそれが夏に変わり、夏も無理になった時点で、年内は難しいのではないかというムードに改まる。このあたりで、ようやく長期化を覚悟したように記憶している。

 余談になるが、2003年12月24日のことはすごくよく覚えている。私にとっての第一報はNHKのニュース。朝、いつもより遅れ気味に出かける準備をしていると、8時30分のニュースが米国BSE発生を伝えていて、「あら~」と言いながら、テレビをぼんやりと眺めていた。テレビを見入ってしまい、さらに準備が遅くなった。
  あとで知ったことろでは、牛丼や焼肉チェーンのトップはもう少し早い段階でこの情報をつかんでおり、このくらいの時間帯には社内の打ち合わせをしていたという。在庫の確認、今後の対応を話し合い、的確な指示を出していたようだ。
  業界関係者の間では、「とんでもないクリスマスプレゼントになっちゃって」という冗談が飛び交うんだろうなと考えながら、会社に向かう電車に揺られていたこともよく覚えている。実際、この日は複数の人がこの手の冗談を言っていった。

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菅 則勝
1970年、埼玉県生まれ。書籍編集者、業界紙記者を経て、2000年3月、外食産業新聞社に入社。02年7月より日刊の外食専門紙である外食日報の編集長を務める。これまで米国、カナダ、オーストラリアで、食肉加工業者のと畜加工処理プラント、肥育場、飼料工場などを視察した経験を持つ。米国、カナダはBSE発生後であり、各国への輸出減少など、さまざまな影響がある貴重なタイミングでの視察となった。

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