
――現代の外食業界への提言に先立ち、食に関する問題の歴史を振り返ってみたいと思います。まずは、 1950年代から60年代にかけて、公害や製造過程で混入した化学物質による食中毒事故の背景や原因について、ご意見をお聞かせください。
【加藤氏】 そういった食品事故は、産業の発展途上における問題だろうと思います。事故が起こるか気が付かなったのか、対応をしなかっただけなのかは分かりませんが、産業が高度化していく社会構造上の要因が大きいと思います。10年ほど前の中国・大連での話ですが、食品会社に 「 今、どのようなものが必要ですか? 」 と質問したら、「 添加物の工場がほしい 」 という答えが返ってきたのです。日本では、すでに食品添加物を除くことが課題になっていたのに添加物を入れるのが大前提でした。魚のすり身を貴重な動物性タンパク質として内陸部に送るために、合成保存料を使っていたのです。社会的なインフラが整っていない地域では、添加物で長期保存させる必要があります。その意味で、産業や社会の発展段階に起きてくる問題だと言えるのではないでしょうか。だからといって見過ごすわけにはいきませんが、インフラや技術の向上によって防げる問題だと思います。
――時代を進めて、 90年代以降に発生したO157などの細菌性食中毒事件について、堀田さんのご意見をお聞かせください。
【堀田氏】 O157をはじめとする病原性大腸菌は以前から存在していたもので、偶然この時期に被害者が出て注目されるようになりました。本来ならば、食の世界で食中毒は御法度です。それが表面化した原因のひとつには、認識・知識の欠如があったのかもしれません。食の安全と安心は、昔は行政サイドの規制によって守られていましたが、現在は企業の自己管理に移りつつあります。それをどのように考えていくかに対応策があると思います。
【加藤氏】 O157の端緒となった堺市の小学校には冷蔵庫すらなかったように、ずさんな管理態勢が横行していました。また、食中毒の原因分析が進んできたことも、この時期に多発した一因になっていると思います。いま勢いを強めているノロウィルスも、以前はお腹にくる風邪と病院で診断されていましたから。
【堀田氏】 その意味で、消費者が食の安全を身近に感じるきっかけになりました。それまでは、提供する側に安全面のすべてを委ねていました。昔から、事例としての食中毒は知っていたが、ことさらに意識するものではなかったのです。しかし、O157事件が発生して、食の安全や安心は自分たちで考えなければならないと認識を改めることになったのです。
――近年は、ヒ素カレー事件など犯罪的要素を帯びた食中毒事件も発生していますが、これも消費者意識の変化といったものが影響しているのでしょうか?
【坂尻氏】 食うんぬんの前に、人間的な問題があるかと思います。
【堀田氏】 ヒ素カレー事件というのは、地域の夏祭りで作ったカレーに混入されていましたが、そんなカレーに毒が入っているなんて誰一人として思わなかったはずです。これは信頼関係の問題です。誰が作ったものかと不信感を抱くようになったのは、食にとって不幸極まりないことです。
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