
職人が手がけた 「 顔の見える総菜 」 が消費者の心を捉える
惣菜事業は、1998年(平成10年)に千葉そごうに出店した洋惣菜店 「 柿安ダイニング 」 が1号店にあたり、 「 精肉事業 」 「 惣菜事業 」 「 食品事業 」 「 レストラン事業 」 の4事業の中では一番新しい事業体である。
柿安は、その前年 6月にJASDAQに上場しているが、アナリストからは、「 柿安は、安定性はあるが、成長性に乏しい 」 という手厳しい評価をされていた。当時の柿安は、既存店を含めて、対前年比で102%~105%と順調に成長はしていたが、上場企業として10%~20%の伸びを求められていた。この時期は、外食に翳りが見え始め、中食が拡大基調。「 食 」 という観点で、唯一成長性があったのが中食であったために惣菜事業を立ち上げることとなったのである。
「 旬の素材を使った美味しくて健康的なメニューをご家庭でお気軽に 」 「 人にやさしい食文化を提供したい 」。この気持ちこそ、柿安の惣菜事業の出発点である。土壌を改良して、地力を高めた畑での有機栽培により育てられた高品質野菜。柿安牛、すくすく鶏、杜仲茶豚など安心で安全なオリジナル食材。これらを使ってプロのシェフが、店内調理で創り出す和・洋・中の心と体にやさしい創作惣菜をお値打ち価格で提供したのだ。
店舗のブランドには、洋惣菜の「柿安ダイニング」、中華惣菜の「上海 DELI 」「上海饅頭店」「広東厨房」、和洋中創作惣菜の「三尺三寸箸ダイニング」の他、ロードサイド型惣菜販売店の「おかずや柿安」や創作串揚げ惣菜の「Kushi-Kushi」等がある。 −
惣菜事業に参入時の戦略をお聞かせください
【 赤塚社長 】
幸いにも、牛肉のしぐれ煮と精肉店で百貨店とお付き合いがあったので、まず、百貨店に参入しようと考えました。しかし、当時の百貨店には、成長著しいロックフィールド社の RF1がありました。中食業界でみれば、RF1は横綱、当社は前頭力士のようなもの。同じ土俵で戦っても勝てるはずがありません。それならば、違った切り口で戦うしかありません。柿安は、料亭をやっていましたから職人がいます。その利点を活かして作ったのが 「 柿安ダイニング 」 です。片方は、CKという素晴らしい工場で作った惣菜、一方の当社は、インストアキッチンで職人が作った 「 見える惣菜 」 という切口を打ち出すことにしたのです。
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惣菜店を出すにあたり、問題があったとお聞きしたのです…
【 赤塚社長 】 柿安のブランドに傷がつくのではないかと言われていました。あとは、職人からの反発もありました。当時の料亭の職人から見ると、惣菜はお客様に出す料理ではなくまかない料理という発想があったのです。肉ジャガやサバの煮つけなどは、まかない料理だから、“ 親方 ” ではなく “ 若い衆 ” が作るものという固定観念があったのです(笑)。
しかし、徐々にですけど、惣菜の素晴らしさがわかって来まして、それを理解してくれる人材もどんどん入って来ました。そして、何よりも、「 柿安の惣菜 」 としての素晴らしさというものがお客様に認知されたことが大きかったです。総菜=まかないなんて、今では昔話のようなものですね(笑)
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今後の惣菜事業の戦略についてお教えください
【 赤塚社長 】 一時期、急成長したため、年間25店舗前後を出し続けてきましたが、その結果として、人材の採用と育成が遅れてしまいました。そのあおりで、この2年間は出店を抑えざるを得ない状況ですが、それでも非常に調子がいいのです。今年5月時点でも、既存店売上が105%位に達していましたし、6月前半も107%ほどになっています。
人材面が影響して、せっかく出店のお声を掛けていただいてもお断りしていたのですが、ここに来てようやく人材も成長してきましたので、この春に一気に 4店舗を出店しました。下期から来期にかけては、さらに加速していこうと考えております。
出店に当たっては、肉のブランド再構築の一環として、「 肉の匠 柿安 」 という新しい惣菜店の投入を行います。また、現在、名古屋に6店舗ある路面店の 「 おかずや 柿安 」 にも力を注ごうと考えています。
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